旅の絵日記:2012年フランス旅行 2

2.二日目(7月7日(土))

二日目旅程:マンド→サンテニミー→サンシェリー・ド・タルン→レ・ヴィーニュ→ベルカステル→サン・シル・ラポピー

 サマータイムなのでまだ薄暗いが朝食前にホテルをスケッチ。屋根の格好が面白い。朝食を済ませN88、D986経由でタルン渓谷のサンテニミーへ向かう。

「マンド、ホテル・ラ・フランセ」 F0 水彩                            朝食

サンテニミー

 タルン渓谷が最も狭くなった場所にある中世の面影を残す小さな村。フランスで最も人口の少ない(200人ほど)村として知られる。「フランスの最も美しい村」認定。村の魅力は木組のハーフティンバーの家々、あちこちにある古い石畳の小路やアーケード型の通り抜け、広い階段、可愛らしいテラスが醸し出している。村の名はメロヴィング朝時代の王族アール2世(584~629)の王女エニミーに因んで名づけられた。

タルン渓谷地図                                    サンテニミー地図

 タルン渓谷へ坂を下っていくとサンテニミーの村が見えてくる。川向こうから中世の村が良く見える。一番上にある大きな建物がかっての修道院

(*画像が小さくて見難い時は画像の上にポインターを置いてクリックしてください。画像が拡大されます。元に戻すのも同様です。)

サンテニミーが見えてくる         サンテニミー             タルン川に架かる古い橋

  河川敷の駐車場に車をとめる。右手に古い石造の橋が架かっている。駐車場の上の道がプリンシパル通りで中世の村の城壁に沿っている。橋を渡って向こう側から中世の村のたたずまいを眺めた後、引き返す。橋の上から左手の岩壁に行者の庵が見える。聖エネミーが晩年、隠遁生活を送った所らしい。水彩スケッチはこれを描いたもの。

「サンテニミー、行者の庵」 F0 水彩                     プリンシパル通り沿いの店

 マンドからの道を少し上がると教会前広場①に出る。ノートルダム教会で13世紀末から14世紀初頭に建築された後期ロマネスク様式の建物。その横に村の西の城壁沿いに走る修道士の路②がある。

教会前広場                   教会内部                  修道士の路

 教会横の石畳の道がセレ通り③で村の最上部へのメインストリート。少し行くと主任祭司の広場④に出る。1955年までは主任祭司の中庭だった。祭司館は現在は伝統的な住宅の博物館となっている。ここから坂を上る。セレ通りの舗床の模様が面白い。

主任祭司の広場                 セレ通り                セレ通りの舗床

 狭い通りの突き当りがバー広場⑤で、中世では日用品の取引場所として使われていた。その脇の道を上ると突き当りが穀物市場⑦。民家の壁に日時計がかかっていたりする。

バー広場                    穀物市場                    日時計

 穀物市場の脇の狭い商店通り⑦bisを上がる。中世にはこの狭い道に商店が並んでいた。坂道を登り切った所が共同住宅広場⑩。広場に面した共同住宅修道院要塞の残存者によって支配されていた。

商店通り                  共同住宅の広場               共同住宅の広場

 共同住宅広場から城壁に沿って進むと元修道院の裏側に出る。この東端にサン・マドレーヌ礼拝堂と要塞⑪bisがある。13世紀には礼拝堂は墓地の中にあり、要塞に囲われていた。

 もと来た道を戻り、現在はカレッジとなっている元修道院の構内を通って元修道院評議員会議所⑪に入る。ボウルト天井の細長い部屋で、12世紀建造のロマネスク建築。

サン・マドレーヌ礼拝堂と要塞       カレッジ、元修道院               評議員会議所

 高い所から家屋を眺めるとスレートが交互に突き出す面白い形の棟のおさまりが見られた。もと来た道を戻り、穀物市場から東に進むと陶器広場⑥に出る。この先の坂道は東側城壁沿いの路。水彩スケッチはここを描いた。アーケードを潜るとかってのメインストリートだったバス通り⑬に出る。この道を抜けると観光案内所のあるマンドへの道に出る。駐車場に戻り10時20分出発。タルン渓谷沿いにD907を進む。

棟のおさまりが面白い                         「サンテニミーの小路」 F0 水彩
東側城壁沿いの路               バス通り                左手:観光案内所

サン・シェリー・ド・タルン

 サンテニミーから35kmくらいでサン・シェリー・ド・タルンに着く。村の広場が駐車場になっている。広場にかって共同利用されていた石造のパン焼き釜がある。広場の向かいに教会があり、教会のベルは1362年に遡るフランスで最古の物の一つ。

村の広場。中央手前:パン焼き釜         教会                     教会内部

 タルン川左岸の山に囲まれた狭い土地にある小さなで、村へのアクセスは一本の石造の橋のみ。村を外から眺めるために橋を渡って向こう岸の道路へ行く。道路際は断崖絶壁で奇岩が聳えている。村への入り口は大きな岩をくり抜いたトンネル。このトンネルの右上にD907のトンネルが見える。水彩スケッチはこちら側から見た石造の橋と村の様子を描いたもの。川ではカヌーを楽しむ人たちがいた。

村の入り口のトンネル                     「サン・シェリー・ド・タルン」 F0 水彩
道路脇の奇岩           カヌーを楽しむ        橋からの眺め、川から水が流れ落ちている

 村に戻り、村の様子を見て回る。パン焼き釜はかなり大きなもの。村の中央を小川が流れており、これが滝となってタルン川に流れ落ちている。

パン焼き窯                 パン焼き窯内部           村の中央を流れる小川

 石畳の道が続き、石造の家並みが美しい。村の一番奥の岩壁にへばり付くようにして小さな祠があった。集落の上に丸く囲われた谷と高原のパノラマを楽しめる展望台があるようだがパス。

小路                    立派な石造の館            岸壁にへばり付いた祠

タルン渓谷

 サン・シェリー・ド・タルンを出てタルン渓谷沿いに進むと、対岸にオートリヴの集落が見えてくる。集落の家屋は石積みだが、専門の石工でない住民が自ら石を積んで建てたという。それにしては立派なもの。

 タルン渓谷は石灰岩の台地を雨水が浸食して深い谷を形成したもの。随所に岩壁や岩峰が見られる。レ・デトロワらしき堂々とした岩壁が現れる。

 その少し先のトンネルを抜け、オーバーハングする岸壁の下を進むと少し開けた場所に出る。シルクエ・デ・ボウム という場所で、岩峰群はなかなか迫力がある。

オウトリヴの集落         レ・デトロワ?         シルクエ・デ・ボウム入り口のトンネル
シルクエ・デ・ボウム           シルクエ・デ・ボウム             レ・ヴィーニュ

 その先のレ・ヴィーニュというところで車を停めて写真を撮る。古い石造の橋があり、両岸に宿泊施設やレストランらしい建物があるがそう古いものではなさそう。ちょっとしたリゾートか?

レ・ヴィーニュ                レ・ヴィーニュ                   廃墟

 レ・ヴィーニュから急な七曲の道を上って展望台へ行く。途中、廃墟が見られる。上の台地に出てシルクエ・デ・ボウムの縁に展望台がある。休憩所とテラスが設けられており、ここでアイスや飲み物で一休み。展望台からはシルクエ・デ・ボウムやレ・デトロワが一望に見渡せる。渓谷の上は広大な大地になっていることもよく分かる。

 一旦下へ戻り、先に進んでミヨーの手前でD29、D911、D997を経由してベルカステルへ向かう。

タルン渓谷:下流側       展望台からの眺め      左:シルクエ・デ・ボウムと右:レ・デトロワ
展望台の休憩所               展望台のテラスで            タルン渓谷上の高原

ベルカステル

 アヴェロン川沿いにある小さな村で「フランスの最も美しい村」認定。古くからサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路であり、ル・ピュイの路の続く関所のような役割を担っていたため、その通行税を取るとともに、巡礼者たちの宿泊地として栄えた。

 ベルカステル城は、村人が花崗岩の岩の上に建てた9世紀の礼拝堂が始まり。11世紀に要塞として拡張され、15世紀頃には城として改修された。16世紀には宗教戦争で荒廃し廃城となったが、20世紀に回復された。

 駐車場から進むと左手に家があり、花がきれいに飾られて村への期待が高まる。アヴェロン川沿いに沿って進むと中世のたたずまいをとどめる町並みが現れる。その上にベルカステル城の堂々たる姿が見える。家並みは変化に富んでいて面白い。屋根はローズと呼ばれる板石葺きが多い。水彩スケッチはこの様子を描いたもの。

村の入り口近くにある家                           「ベルカステル」 F0 水彩
民家                家の下を川が流れている               古い石橋と教会

  村の中央あたり、アヴェロン川に15世紀の古い石橋があり、「ロバの背中」と呼ばれている。橋の中央に花が添えられた十字架のある出っ張りがある。

 橋を渡るとサン・マドレーヌ教会がある。15世紀建設のゴシック様式の建物で、現在、村のタウンホールを兼ねている。教会内部にこの地域出身の芸術家カシミール・フェレの「苦難の道」と題する連作が展示されている。

橋中央の出っ張り             サン・マドレーヌ教会                教会内部
地元画家の作品             石橋とベルカステル城              村の奥への路

 車でベルカステル城の駐車場へ上り、小川に架かる石橋を渡って城の入り口へ行く。入り口から入ると外廓の向こうに濠を巡らした城館が見える。跳ね橋のある城門から入ると中庭に出る。この一郭と居住部のある部分は空堀のような空間で区切られている。

城への橋                   城の入り口                城の外郭と城館
濠                    城館入り口の跳ね橋                   中庭

 広間はボウルト天井の部屋。近くにあるトイレは穴の開いた腰掛がある。糞尿はここから谷に落下する仕掛け。食堂には厨房の鍋釜などが陳列されている。居間には鎧兜の騎馬像が展示されている。屋上からは城下の村の様子が一望できる。

広間                      広間                      トイレ
食堂                       居間                  中庭見下ろし
村見下ろし                  村見下ろし                     城館

 ベルカステルを出てD994、D1 D24 D662経由でサン・シル・ラポピーを目指す。途中、サンマルタン・ラ・ポウヴェルの岩壁に張り付いた穴居住宅の集落を通り過ぎる。岩に手形や動物などの模様が見られる。やがて、前方のロット川断崖上にサン・シル・ラポピーのサン・シル教会が見えてくる。

穴居住宅             岩に描かれた模様           ロット川断崖上のサン・シル教会

サン・シル・ラポピー

 ロット川の切り立った断崖に張り付くようにして13~16世紀に建てられた石造や木組みの中世の家々が建ち並ぶ小さな村。「フランスの最も美しい村」認定。TV局が行った「フランス人が選ぶフランスの好きな村」の投票で2012年に1位となった。 

 村の歴史は古代ガリア・ローマ時代に遡る。かって、多くの船舶で賑わったロット川を監視するため、多くの人々が住み着いていた。中世には村全体が一つの要塞都市として機能した。

 村の奥の駐車場から村に入り、メインストリートのドロワテ通りに入りしばらく行くと左手に古い木組みのレストラン、ル・グルメ・クエルシーノワが目に付く。1泊するホテル・サン・シルの経営する店で、後程ここで夕食を摂った。水彩スケッチはこの店のたたずまいを描いたもの。

集落への入り口付近         ドロワテ通り             右手:ブティックのアーケード
「サン・シル・ラポピー、ル・グルメ・クエルシーノワ」 F0 水彩        サン・シル・ラポピー地図

 ソンブラ広場に出るところの左手にラロック邸(13~15世紀)、右手に13~16世紀の建物を利用したブティックのアーケードがある。ソンブラ広場に観光案内所があり、その横から裏に回る道をたどると展望台への道がある。

観光案内所            ソンブラ広場、一番左:ラロック邸           観光案内所背面

 ポピエ岩と呼ばれる岩の上の最初の城址が展望台。サン・シル教会や集落、周囲の風景を楽しめる。城は16世紀の末期にプロテスタントに支配されたこともあり、アンリ4世によって完全に破壊され、城壁が残るだけ。さらに奥に山の上のチャペルがある。今日はここまでにして戻り、ホテル・サン・シルにチェックイン。

展望台への路            サン・シル教会            中央上部:ホテル・サン・シル
山の上のチャペル              集落見下ろし                広場に面した店

 ホテルからマイクロバスで送ってもらい、ホテル経営のル・グルメ・クエルシーノワで夕食。鴨のコンフィやフォアグラなど大皿に盛り合わせて出て来たのにはびっくりしたが美味しくいただいた。

ホテル・サン・シルのフロント         ロビー                      ワイン
スープ                      料理                    デザート
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(つづく)