6.六日目(10月16日(水)、スポレート、トーディ、オルヴィエート、モンテプルチアーノ、ピエンツア
スポレート
朝食を済ませ、9時ホテル出発。



山を下る途中で塔の橋による。最大高さ80mの水道橋兼用でローマ時代にはすでに橋が存在していたらしいとのことだが、現在の物は城塞を設計した建築家ガッタボーネによって14世紀に造られたと言われる。塔が建っているがどういう目的の物かは分からない。谷の向こうに昨日行ったアルボルノツイアーナ城塞が建っている。橋を渡って向こう岸に着いたら旅行中の日本人夫妻に出会う。この後バスでオルヴィエートへ行くとのこと。



山を下り切った所にサン・ピエトロ教会がある。12世紀に全面的に建て直されたもので後期ロマネスク建築の好例とされる。駐車場から長い階段を上ると教会前の広場に出る。水彩スケッチは教会の全容が分かる方向から描いた。教会内部は簡素な造りだが古いフレスコ画の残欠が見られる。





教会を後にし、正面の道を進んでテッスイーノ川を渡るとスポレートのモンテローネ門に到る。SP451、SP414、 SP418経由でトーディへ向かう。
トーディ
外観の美しさ、環境への優しさ、都市としての機能を兼ね備えた「環境の整った町」の最も良い見本とされる町。紀元前8~7世紀、古代ウンブリア人によって築かれた町が起源。中世には都市国家として黄金期を迎えた。
中世の城壁脇の駐車場に駐車し、ローマ門から入ってマッテオッティ通りを進む。カテナ門を過ぎてローマ通りを進むと右手にサン・シルヴェストロ教会がある。



道なりに進むとガリバルディ広場に出、正面にポポロ宮、左手にプリオーリ宮が建っている。広場の右手は展望台のようになっていてウンブリア平原を見渡せる。



ポポロ宮とプリオーリ宮の間を抜けるとポポロ広場に出る。イタリアで最も美しい広場の一つと言われている。ポポロ宮、プリオーリ宮、ドウオーモなどが建ち並び13世紀の姿をとどめている。古代アウグストウス帝の時代からフォロ(公共広場)として機能して来た。


ポポロ宮と隊長(市長)の館は13世紀の建築。ポポロ宮はイタリアで最も古い市庁舎の一つで一部は絵画館となっている。



ポポロ広場に入って正面、一段高い基壇に建つのがドウオーモで1000年頃に建てられ、一度破壊された。現在の建物は14世紀に再建され、何度か改築されたもの。正面入り口扉の浮き彫りなど見事なもの。
プリオーリ宮は1334年に正面向かって左側部分が建造され、14世紀半ばに右側が拡張され、14世紀末に塔が造られ、1514年にファサードが付け加えられた。



プリオーリ宮脇のマッツイーニ通りを進むとサン・フォルトウナート教会がある。緑の斜面の上に建つ教会のファサードは上下で表情が違う。上部は仕上げが未完のままだからだ。内部にはフレスコ画が残っている。






フォルトウナート通りを通ってローマ通りに出、元来た道を駐車場に戻る。駐車場の前の城壁は13世紀の建造。12時15分出発。SS79B15、SS448/SR448、S205、SS71経由でオルヴィエートへ向かう。
オルヴィエート
丘の上に造られた要塞都市。古くからエトルリア人が住んでいたが紀元前280年頃ローマ人に攻め落とされた。「世界一美しい丘上都市」と呼ばれる。
ロマ通りに面した駐車場に駐車。近くのサン・ドメニコ教会㊱へ行く。入り口扉上部や内部にフレスコ画が残っている。





教会を出てローマ通りを北東へ進む。街角の祠などを見ながらサン・パトリツイオの井戸へ行ったが休憩中で閉まっているので近くのアルボルノツ要塞跡の公園を散策。公園の展望台から下を見ると鉄道駅があり、駅前からケーブルカーですぐ近くへ上ってこられるのが分かる。丁度列車が2本走っていた。



サン・パトリツイオの井戸㊴は16世紀に造られたもので直径約13m、深さ約62mあり、上り下り別の二重螺旋階段が設けられており一方通行で248段あるとのこと。そこまで下りるのも一苦労。



南に向かって進みケーブルカーの駅を過ぎるとロッカ門㊳がある。教皇庁がアヴィニヨンにあった時代に教皇領を再建するために委任されていたアルボルノツ要塞の城門だったもの。ここで右折してメインストリートのカヴール通りを進む。ロッカ門からしばらくの間は並木がうっそうと茂りなかなか見事。前方にモーロ塔が見えるようになると、左側に1844年建造の市立劇場㉟が建っている。



町の中心に13世紀建造のシグノリ・セッテ宮とモーロ塔㉓が建っている。モーロ塔に登り市域全体を一望する。






モーロ塔の脇の道を北に進むとポポロ宮はすぐ近く。ポポロ宮㉔は12世紀初頭にロマネスク・ゴシック様式で建造された執政官の宮殿だった。



ポポロ広場の西端からカヴール通りに戻り西へ進むと左手にサン・アンドレア教会の回廊があり、これを過ぎると町の中心レプッブリカ広場に出る。
サン・アンドレア教会⑮の正面は広場に面している。11世紀に建て始められ15世紀に改修されたロマネスク・ゴシック様式の洗練された例であり、15世紀に回廊を増築して装飾されている。12角形の鐘楼がある。内部にはフレスコ画が残っている。
広場に面してコムナーレ宮⑬も建っている。ロマネスク様式で13世紀から存在したが、16世紀に改変されてた。現在は市庁舎となっている。






来た道を引き返し、モーロ塔から斜めにドウオーモ通りを進むとドウオーモ広場に出る。広場に面してドウオーモ、ソリアーノ宮、ファイナ宮が建っている。



ドウオーモ㉘はイタリアにおけるゴシック建築で最も重要な建築とされるもので、1290年に建設が開始され17世紀初めに完成した。延べ33人の建築家、68人の画家、90人のモザイク師の手が加えられたという。ファサードは燦然と輝くモザイクで飾られおり見事。水彩スケッチは南側から描いた。





ソリアーノ宮㉛は13世紀の建築でかって教皇ボニファティウス8世の住居だった。ドウオーモ付属博物館、エミリオ・グレコ美術館となっている。
ドウオーモの向かいに建っているファイナ宮㉙は市立考古学博物館となっている。
ドウオーモ広場の北西角に立っているモウリツィオの塔㉗はイタリアにおける最古の時計塔の一つ。屋上のモウリツィオと名付けられた青銅の像は1348年からの物。



駐車場に戻り16時出発。SS71、A1/E35、SS146/SP146経由でモンテプルチアーノに向かう。
モンテプルチアーノ
素晴らしいルネッサンス建築や教会が残る「ルネッサンスの真珠」と呼ばれる古都。
17時ドア・ミンツウオニ広場の駐車場に着く。広場の北側にサン・アグネーゼ教会が建っている。旧市街へのメインゲートであるプラート門から入る。プラート門は13世紀後半の城壁の一部で、16世紀初頭にアントニオ・ダ・サンガッロ・ヴェッキオによる要塞施設に組み込むために再建されたもの。



飾り柱のあるホテル・イル・マルツッコの前で右斜めに折れてグラッチアーノ・ネル・コルソ通りを進む。



この大通りには16世紀の貴族の館が建ち並んでいる。サン・タゴスチーノ教会、屋上に鐘を突く道化師の乗る時計塔・プルチネッラ塔を過ぎ、しばらく行くと右手に市場の柱廊がある。






ヴォルタイア・ネル・コルソ通りから入ってグランデ広場に出る。広場に面してドウオーモ(17世紀前半完成、鐘楼は以前ここにあったサンタ・マリア教会の物が残されている。)、コントウッチ宮(15世紀初め、A.D.S.ヴェッキオ設計)、タジール宮(ヴィニョーラ設計)、プレトウーラ宮が建ち並んでいる。






広場に現代作家の物らしい彫刻が展示されていた。市庁舎の塔に登り市街と周辺の風景を一望した後、ドウオーモを見学。リッチ通りを進むとポッジオロ通りぶつかる。奥にサン・フランチェスコ教会が見えた。






ここで左折しグラッスイ門を出て進むとサン・ビアージョ教会に出る。



この教会はアントニオ・ダ・サンガッロ・イル・ヴェッキオの設計で聖堂建築のプロトタイプとなり、以後、トスカーナ地方で急速に広まった。A.D.S.ヴェッキオの代表作であり、ルネッサンスの最も重要な作品の一つに挙げられている。





来た道を引き返し、19時出発。SP17、SS146/SP146経由でピエンツアへ向かう。
ピエンツア
ピエンツアの城門の外のレジデンス・サン・グレゴリオにチェックイン。夕食後ライトアップされたピウス二世広場を見学に出かける。









ピウス二世広場は町の中心でドウオーモ、ピッコローミニ宮、市庁舎、司教館などが面して建っている。近くにルレー・イル・キオストロ・ディ・ピエンツアという1400年代の僧院を改装したホテルがあった。回廊がライトアップされていてなかなかきれいだった。






ホテルに戻りスーツケースを開けようとしたら鍵がない。どこかで落としたらしい。仕方がないのでフロントに頼んで錠を壊して開けてもらう。後で錠を治せるかやってみるためにドライバーとハンマーを借りてやってみたがこれだけでは曲がった金具を治せないので明日ペンチを借りてやってみることにする。
(つづく)