3.三日目(10月12日(日)、サロブレーニャ、ネルハ、カサレス、ロンダ

朝食を済ませ9時ホテル出発。一路南のサロブレーニャに向かう。



サロブレーニャ
前方にサロブレーニャが見えてくる。丘の上の白い町で頂上にサロブレーニャ城がある。
10時に到着。頂上のサロブレーニャ城を目指して登る。両側に白い建物が建ち並ぶ道はよく整備されていてきれい。水彩スケッチは頂上近くサロブレーニャ城が見えて来た当たりの町並みを描いた。





サロブレーニャ城は地中海を眼下に見渡す丘の上に築かれた難攻不落の城塞。代々ムーアの王たちが敵の襲撃を受けて身に危険を感じると、ここに逃げ込んで再起のチャンスを待ったという。10世紀ナスル朝時代に建てられ、13~15世紀まで使われた。城は修復工事中。












10時40分サロブレーニャを出発。地中海沿いに西のネルハに向かう。
ネルハ
海岸と山の間に挟まれた、岩場の上に造られた白い町。「ヨーロッパのバルコニー」と呼ばれる地中海を見渡す展望台があり、その素晴らしい景観が知られるにつれ、リゾート地として開発が進み大勢の観光客で賑わう。
11時40分エスパーニャ広場地下の駐車場に着く。あいにくの雨の中、すぐ近くの入り口の門を入り「ヨーロッパのバルコニー」へ行くが見晴らしが効かず残念。「ヨーロッパのバルコニー」は海岸の中央部、地中海に張り出した岩場の上に造られた展望台。9世紀イスラム時代には海を見張るための城塞だった。



「ヨーロッパのバルコニー」に続くアプローチの遊歩道はトロピカルな雰囲気。入り口の門を入ったすぐのところにあるエル・サルバドル教会は17世紀建造のバロック・ムデハル様式。水彩スケッチはこれを描いた。





12時10分ネルハ出発。西方のカサレスへ向かう。
カサレス
岩山に建つ古城とその下に連なる白い町。起源はローマ時代に遡るという古い歴史を誇る。古代ローマ時代は湯治場で、カエサルが皮膚病治療のために浸かったというエディオニアの湯がある。12世紀頃にアラブの城塞が建設され、白い家の城下町が広がってきた。
来る途中ひどい降りだったが、幸い上がる。
町に入る前にヴューポイントがあり全景を眺める。駐車場に着き、町に入る前の地点での風景を水彩スケッチに描いた。


白い家の建ち並ぶ坂道を下ると前方にエスパーニャ広場が見えてくる。広場にはカルロス3世の噴水❽がある。広場から右手に進むと観光案内所➓のある広場があるが休みで閉まっている。






来た道を引き返して進むとエスパーニャ広場の先にサン・セバスチャン教会❾がある。そのまま先に進むと町役場⓫がある。白い町並みはきれいだが、窓から岩が突き出ている家があって驚いた。



来た道をサン・セバスチャン教会まで戻り、教会脇の道を上る。そのうちにアラバル通り門⓬が見えてくる。アラバル通りを進む。家屋だけでなく土留めや岩の裾まで石灰で真っ白に塗られている。



頂上に着くとアラブの城塞廃墟❶がある。ここからは上って来たのと反対の町並みを見渡せる。すぐそばに教会跡を改装したと思われるアラ・アンファンテ文化センター❸や墓地❷がある。アラ・アンファンテ文化センター奥の断崖上には展望台が設けられている。









戻りは来た道と違って、反対側の坂道を下り駐車場に戻る。
ロンダへ向かう道すがらカサレスの裏側が見えるが、アラブ城塞がある頂上部分は断崖絶壁の上にあり難攻不落を思わせる。ロンダへの道中、所々に山の上の白い町が見受けられ、この地方の町がいずれも白い町であることを思わせる。


ロンダ
海抜739mの岩がちな台地の上に位置し、周囲を100m台の高さの崖に囲まれている。グアダレピン川により浸食されて形成されたロンダ渓谷によって市街地は二つに分断されている。渓谷の南側がイスラム支配時に発展した旧市街で、北側がスペイン王国時代に発展した新市街。アンダルシア有数の観光地。


モンテリリオ・ホテルにチェックイン。狭い道路に面し、どこに駐車していいのか分からずホテルの人に任せる。ホテルは17世紀の館を利用したもので、断崖絶壁の上にある。
市内観光に出かける。ホテルを出て左に進むと旧ドメニコ会修道院㉘の前に出る。現在は博物館になっているようだ。道路に面した壁に美しいタイル絵がある。脇の展望台からヌエボ橋越に新市街、渓谷を眺める。ヌエボ橋⑥は18世紀末に建設されたもので市のシンボル。






橋を渡ると左手にパラドールがある。パラドールの奥に展望台がある。ここから旧市街を見ると崖の上のホテルが見えた。



パラドールの隣が闘牛場③。1785年に造られたバロック様式で、スペイン国内に現存する最古の闘牛場。18世紀にこの町で生まれたフランシスコ・ロメロは近代闘牛術を確立した。内部には、ロメロとその息子、伝説的な英雄となった孫のペドロを始め、ロンダが輩出した闘牛士たちを記念する博物館がある。毎年9月には、ゴヤの時代の衣装を身に着けて行う闘牛祭が開催されるそうだ。






引き返してホテルの前の道を進むとマリア・アウジリアドラ広場に出る。ここから坂道を下ってヌエボ橋のヴューポイントへ行く。断崖絶壁をまたぐヌエボ橋の風景は迫力がある。水彩スケッチはこれを描いた。





引き返して旧ドメニコ会修道院まで戻る。アルミニャン通りに面したタイル絵はロンダの町の様子が描かれている。修道院脇のサント・ドミンゴ通りを下って旧橋へ向かう。



途中、モーロ人の王の館⑬がある。インテリアは印象的なイスラムの作品が目立つとのこと。ロンダへの古い入り口だった18世紀建造のフェリペ5世の門⑯を潜ると16世紀建造の旧橋に出る。



旧橋の左手グアダレピン川の右岸は渓谷公園になっていて、橋の袂から階段が通じている。右手上流側には11世紀建造のアラブ橋⑱とその向こうにアラブ浴場跡㉒の遺跡がある。アラブ浴場跡は13~14世紀建造のモスレム時代の素晴らしく唯一の温泉施設で、16世紀の皮鞣し工場の遺跡は際立っている。川を渡った正面には16世紀ゴシック・ルネッサンス様式のパドレヘスス教会㉑がある。



引き返してサルヴァティエッラ宮殿㉗へ戻る。17世紀末建造のルネッサンス様式の宮殿で豪華な玄関がある。



その脇のマルクス・ド・サルヴァティエッラ通りを進むとサン・セヴァスチャンの塔⑭がある。14世紀建造の元モスクのミナレット。



さらに進むとサンタ・マリア・マヨール教会⑪の前に出る。モスクの跡地に15~16世紀にかけて建設された教会で鐘楼はムデハル様式の尖塔を改装したもの。公園に面して市庁舎⑫も建っている。元は兵舎だった。



教会脇の道を進むと平和のマリア教会⑦がある。



ホテルへ戻り食堂で夕食を摂る。凧の料理があり珍しいので注文した。






(つづく)