旅の絵日記:2019年スペイン、ポルトガル 10

10 十日目(9月22日(日))、サフラ、メディナ・アサアラ遺跡、アルモドヴァル城、コルドバ

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十日目旅程

サフラ

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サフラ旧市街中心部             アルカサル正面             アルカサル広場東側

 サフラ最大のモニュメントはアルカサル(今はパラドール)。9時30分にパラドールを出て町の観光。セヴィラ通りを西に進む。バルコニーや出窓、ドアーなどにアールヌーボーの装飾が見られる。しばらく行くと旧市街の中心、大広場に出る。

 

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アールヌーボーの装飾                      「サフラの大広場入り口付近」 0F 水彩

 大広場は1階がアーケードになっている白い建物に囲まれ、南のくぼんだ部分にはヤシの木が植わっている。枯れたヤシの木には彫刻と色鮮やかな彩色が施されアートになっている。南西部の細い路地が小広場とのつなぎ。

 小広場は小さいが変化に富みよくまとまっている。

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大広場                  椰子の木のアート                 小広場

 大広場に戻り北西隅から出ると目の前にゴシック・ルネッサンス様式のカンデラリア教会がある。バットレスがごつく、窓もほとんどないので鈍重な印象。スルバランの聖   画が一見の価値ありとのことだが、閉まっていて入れない。北隣は市庁舎で三角形の広場に面している。市庁舎の横から教会をぐるっと回って元来た道を戻る。10時40分パラドール出発。

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カンデラリア教会              市庁舎          カンデラリア教会西側のアプローチ

メディナ・アサアラ遺跡

 13時10分、メディナ・アサアラ遺跡の駐車場に着く。コルドバの北西約8kmにあるイスラム統治時代の遺跡。後ウマイヤ朝時代にアブド・アッラフマーン3世が離宮都市としてアサアラ王妃のために936年に着工させた。この町はメディナ・アサアラ(輝く町)と名付けられた。後ウマイア朝の内紛によって11世紀に破壊されてしまった。1910年代に発掘、修復が始められ宮殿都市の遺構が見学できるようになった。世界遺産

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発掘されているのはごく一部とのこと                         武器広場前のポーチ

 14時30分発のシャトルバスで遺跡に向かう。

 管理事務所から坂を下って左手の公共エリアに進むと礼拝堂(王の間)、その左前方に武器庫前ポーチがある。その先を進めば目玉のアブド・アッラフマーン3世ホールに行けたのだが、道を間違えていけず残念。厩舎を通り居住エリアへ。

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メディナ・アサアラ遺跡、王の間」 0F 水彩

 前方にアルベルカ邸のアーチが見えてくる。ここをUターンするとヤファ邸。アーチがきれい。下僕の家守衛の家高級住宅などを通って戻る。

 14時30分発のシャトルバスで駐車場に戻る。

 駐車場からすぐの博物館は発掘品を展示している。

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ヤファ邸アーチ              ヤファ邸内部                 発掘された陶器

 アルモドヴァル城

 15時20分、アルモドヴァル上の駐車場に着く。シャトルバスの料金を払うと切符の代わりに手の甲にスタンプを押してくれる。15時35分発で丘の上の城へ。

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アルモドヴァル城配置図                      アルモドヴァル城

 城砦はムーア起源でコルドバのカリフに属していた。ペテロ王は住居としても利用した。城はその後何度も拡張、再建されてきた。主な修築は20世紀初頭の12代トラヴァ伯による。

 城門を入り、まっすぐ進むと城の主要部分を守る外郭をなす空堀に繋がる。奥のビューポイントまで行って引き返しムーアの小塔脇から入って中庭に出る。半分ほどテントが架かっている。

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「アルモドヴァル城」 0F 水彩

 階段を上がると天守。城壁上の通路を進むと刀剣展示場アーサー王伝説の岩に刺さった剣、エクスカバリーのモニュメントが中央にあり、シャルルマーニュ大王、チンギス・カーンなどの剣9点が展示されている(ほとんどがレプリカと思う)。城の模型が展示されている方形塔、中世の衣装を展示している円塔(外側は円形で城の内部に向かっては方形)主人の塔聴音塔鐘塔灰の塔と巡り、ライオン・ホールのある建物の外側を周って中庭に戻る。ライオン・ホールは立ち入り禁止。テントの下を進むとギャラリー、その隣が中世ホールでなかなか趣のある空間。さらに進むと八角形のチャペル。植木のある庭を通り、刀剣展示場の下を通って外に出る。帰りは歩いて丘を下り、17時10分出発。

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中庭越しに天守閣               中世ホール                   チャペル

コルドバ

 コルドバ着、ユーロスター・パレス・コルドバにチェックイン。

 コルドバはセビーリャ、マラガに次ぐ、アンダルシアンの都市。

 ローマ時代に属州ヒスパニア・バエティカの首都として哲学者セネカをはじめ、多くの学者や詩人を輩出、ローマ文化の中心地として栄えた。

 711年にイベリア半島に侵攻したイスラム教徒は、占領した土地をアル・アンダルスと呼び、その首都をコルドバに置いた。756年には、アッバース朝によってダマスカスを追われたウマイヤ家の最後の一人がアブド・アッラーフマーン1世としてコルドバで即位。この新王朝は後ウマイヤ朝と呼ばれ、929年に即位したアブド・アッラフマーン3世時代に全盛期を迎える。当時の人口は約50万人。

 ヨーロッパが「暗黒の時代」と呼ばれたこの時代、コルドバにはイスラム教徒の伝来とともに、古代ギリシアの文献がアラビア語によって伝えられ、これらを学ぼうとする人たちがヨーロッパ各地から集まり、モスクの中にはスペインで最初のマドラサ(学院)が設けられた。やがてここで花開いた多くの学問が11~13世紀にラテン語に翻訳され、アリストテレスプトレマイオスの業績を後世に伝えたのだった。1236年にキリスト教徒はコルドバを奪回したが、イスラム文化をすべて拭い去ることはできなかった。コルドバの歴史地区は世界遺産

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コルドバユダヤ人街の地図                            コルドバの城壁

 17時40分、ホテル出発。出てすぐの所に城壁があり、水路など整備されて美しい。アルモドヴァル門から入り、ユダヤ人街の狭い道を通ってメスキータへ。

 メスキータ1は何かのお祭りで中に入れず、周辺は大変な人だかり。西側の道を進むと橋の門2サン・ラファエルの勝利像33にある広場に出る。ローマ橋3を渡った先にカラオーラの塔4。ローマ橋を守るために築かれた要塞で、現在はアル・アンダルス博物館になっている。息子たちが屋上まで登るというのでその間、橋のベンチで一休み。隣り合わせたスイスのチューリッヒから来たという老夫婦としばし歓談。橋を渡って、川向こうから写真を撮っていたら、橋を渡って来る山車が見える。

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「ローマ橋を渡る山車」 0F 水彩
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カラオーラの塔               祭りの行列と山車             橋の門を潜る山車

 戻ってメスキータの東側に回ったが、ここも山車の行列が通り混みあっている。道路から一段高くなっているので降りようとしたら、親切に若者が二人掛かりで手を取って降ろしてくれた。

 メスキータのオレンジの中庭では出ていく行列に出会う。

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メスキータのオレンジの中庭     メスキータを出ていく山車と行列    花の小道。ミナレットが見える。

 メスキータを出て花の小道へ。白い壁に花が飾られ、振り返るとミナレットが見える。「エル・カプリチョ」で夕食。料理はどれも美味しかったが、アスパラの卵とじが良かった。

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生ハム                    パン                サラダ
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アスパラの卵とじ               イカのソテー                牛肉の煮込み

 夕食後、メスキータの西側を通り、橋の門まで行く。ライトアップされてなかなかきれい。来た道を戻り22時10分ホテル帰着。

 

(つづく)